子どもなんてすぐ出来るものだと思ってた・・・

“子どもなんて、結婚して愛があればすぐ出来ると思っていた、まだ若かりし頃。

私は、自営をする主人のもとへ嫁ぎました。

結婚の条件は、自営を手伝い、義両親と完全同居すること。
身内に反対されるのも聞かずに、主人への愛だけを頼りに結婚へ至ったのでした。
20代前半で人生経験も乏しく、若さも手伝って猪突猛進のごとく突き進むだけの新婚生活。
自営の手伝いも、家事も、そして、子供を作ることも、やるべきことととらえ、嫁としての責任を果たすのに精いっぱいでした。
慣れない、自営の手伝いや家事は、年数を経ていくうちに慣れていきましたが、子供を作ることだけは、待てど暮らせど果たすことができないままでいました。
そのうち、義母からは無言で、子授けのお守りを渡されたりする始末。
それを渡されたから・・・というわけではないのですが、自分たちも焦りを感じていたため、病院へ通い不妊治療をすることに。
不妊治療は4,5年に及びました。タイミング療法や、薬を飲んだりいろいろ・・・。

しかし、不妊治療のあいだは良い結果を得る事ができずに、女性に毎月くるべきものはきちんと来て、涙に明け暮れる日々・・・。

そんな日々が長く長く続いたある時、そのときも妊娠の兆候はなくて、それまで張りつめていた気持ちがスッと抜けるのを感じました。
不思議にそのとき、主人も同じ気持ちになったようで、主人が発した言葉は「もういいじゃないか・・・」
子どもを授かるのを諦め、2人だけで人生を歩んでいく決断をほぼ同じタイミングでしたのです。

それから、ほどなくして体調の違和感を感じ、行きつけの産婦人科へ。
不妊治療はしばらくしていなかったので、久しぶりの通院でした。
先生が仰ったのは、「おめでとうございます!お腹に赤ちゃんがいますよ・・・

長い長いあいだ、ずっと待っていた先生からのお言葉でした。
「ありがとうございます。先生のお陰です・・・」
結局、不妊治療が結びついての妊娠ではないと分かっていたけれど、そのあいだ、親身になって診療して下さった先生への感謝の気持ちをこめて自然にでた私からの言葉でした。
先生や看護師さんがいるというのに安心して、泣いたのを覚えています。

1人目の出産を経て、あいだが空くことなしに次は2人目の子供を授かりました。
1人目を授かるときに、あんなに手ぐすね引いて待ち受けた一人目はなかなか出来なかったのに、2人目はいとも簡単にできて唖然としたものです。

こうして、私はギリギリ20代が終わろうとするときに、2人の子供に恵まれました。

出産を経たこともあるのでしょう。
30代、40代と体力が落ちることをはじめ、身体の機能が衰えていくのを感じ始め、時々思うようになりました。

なれない結婚生活は自分が思っている以上にストレスで、「子供を作らなきゃ」という想いも必要以上に自分の肩にのしかかり、それもまたストレスだったのだ・・・と。
その想いから解放されたとき、母体はよりよい状態になり、妊娠しやすくなるのではないか・・・と。
もちろん、状況や環境によって例外もあるのだろうけど・・・。
子どもを授かることを諦めた時、その他のストレスから解き離れたわけではありません。
以前、自営の仕事や、家事、また義両親との同居にありがちな問題も生じましたし、いろいろストレスがありました。

そのストレスがありながらにして、子供を授かることができたのは、まだ身体の機能が若いうちに子供を授かることを意識したのが良かったのではないかと、思うようになりました。
30代、40代になって、同じようなストレスを身にまといながら子供を授かることはできなかったかもしれない・・・と。

その時、授かった娘は結婚には、まだ少し早いですが、その時期になったら、そっと私だからこそ「子作り」を通して得る事ができた想いを言っておこうと思います。
その上で、娘がいつ結婚するのか、いつ子供を作るのかは、娘自身が決めることだと思っていますが・・・・。

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